AI x 筋トレ — ダンベルの動きを読み、AIが疲労と乱れを見抜く
テクノロジー 2026.06.07

AI x 筋トレ — ダンベルの動きを読み、AIが疲労と乱れを見抜く

神戸ソフト編集部

2026.06.07 公開

親指サイズのセンサーをダンベルに付けるだけ。レップごとの可動域・テンポ・ブレを計測し、デバイス上のルールベース判定と教師なし機械学習で疲労や異常な動きを自動検出する——IoT×エッジAIのトレーニング支援「AI x 筋トレ」の構成を解説します。

回数は数えられても、「質」は記録されない

筋力トレーニングの効果は、正しいフォームで、適切なテンポと可動域を、継続して積み上げることで生まれます。けれども現場では、自分の動きが「正しいか」「疲れてどう崩れてきたか」をリアルタイムに知る手段がありません。回数は数えられても、動きの「質」は記録されないままです。

AI x 筋トレ は、ダンベルに親指サイズのセンサーを取り付けるだけで、動きの質を数値化・可視化するトレーニング支援システムです。これは 神戸ソフトの技術チームが企画・開発したプロジェクトで、センサーデバイスのファームウェアから判定ロジック、ダッシュボード「RepSight」まで、すべて自社で内製しています。本稿では、その技術的な構成を解説します。

システム全体の構成

センサー側はできるだけ軽く、表示・分析はダッシュボード側で——という役割分担です。両者は無線(BLE)でつながり、ケーブルなしで装着したまま運動できます。

ダンベル装着デバイス M5StickS3(ESP32-S3)+ BMI270(6軸IMU) 50Hz サンプリング / レップ検出・特徴抽出・疲労判定(デバイス上) BLE(Nordic UART)でリアルタイム送信 ダッシュボード RepSight リアルタイム波形 / ROM・Duration グラフ 教師なしML(Isolation Forest・K-Means)/ 記録
リアルタイム性が要る判定はデバイス上で軽量に、踏み込んだ分析はダッシュボード側で。役割を分けることで、応答が速く導入しやすい構成になる。

ハードウェアは M5StickS3(ESP32-S3-PICO-1 を積んだ親指サイズのデバイス)と、6軸IMU BMI270 の組み合わせ。サンプリングは50Hz(1秒間に50回)です。ボード上の処理はサンプリング+閾値判定と軽量で、CPU・メモリには大きな余裕があります。

計測する4つの指標

生の6軸波形から、1レップごとに意味のある4つの指標を取り出します。

  • ROM(可動域): 1レップ中に動いた角度。動きが浅くなっていないか。
  • Duration(動作時間): 1レップにかかった時間。テンポが落ちていないか。
  • Sway(軌道のブレ): 角速度のゆらぎ(標準偏差)。フォームが乱れていないか。
  • Peak Accel(最大加速度): 動作中の最大加速度。勢いに頼っていないか。

デバイス上で動く「ルールベース疲労スコア」

特徴的なのは、疲労の判定をセンサーデバイス自身がリアルタイムに行うことです。クラウドにもPCにも頼りません。

仕組みはシンプルです。最初の数レップを「基準」として記録し、その後のレップと比較します。

  • Duration が基準の 1.25倍以上(動きが遅くなった)→ +1点
  • ROM が基準の 0.85倍以下(動きが浅くなった)→ +1点
  • Sway が基準の 1.5倍以上(軌道が乱れてきた)→ +1点

そして 合計2点以上で「疲労フラグ」 が立ちます。1つの条件だけでは判定しない設計にすることで、誤検知を抑えています。重い機械学習ランタイムを載せず、計算式と閾値で判定するからこそ、非力なエッジデバイス単体でも遅延なく動きます。

教師なし機械学習で「異常」と「転換点」を見つける

デバイスがリアルタイム判定を担う一方、ダッシュボード側ではより踏み込んだ分析を、教師なし機械学習で行います。ポイントは、事前に正解データを用意しなくてよいことです。そのセッションのデータだけで動きます。

  • Isolation Forest(外れ値レップの検出): レップが5件以上たまると自動で動き、「他と明らかに違う動き」を見つけます。突然 ROM が極端に変わった、Duration が異常に長い、Sway が跳ね上がった——そんなレップに印が付きます。
  • K-Means(疲労の転換点の推定): 全レップの Duration を「速いグループ/遅いグループ」に自動分類し、その境界値を算出します。「このセッションでは◯◯msを超えたあたりから疲労域に入っていた」を客観的に示せます。

独自モデルの新規学習は行わず、scikit-learn の確立した手法をそのまま活かす——導入コストを抑えつつ「いつもと違う」を機械が自動で指摘する、という割り切った設計です。

RepSight — 見て、残すダッシュボード

計測データは BLE でダッシュボード「RepSight」へ送られ、見て・残せる形になります。ブラウザ版(Chart.js)とタブレット向けアプリ(Flutter)を用意しています。

  • リアルタイム波形・統計: 加速度波形、総レップ数、平均ROM、疲労カウント、IMUの実測Hz。
  • レップ別グラフ: ROM と Duration の推移をグラフ化。疲労フラグの有無で色分けし、疲れに伴う変化を一目で把握。
  • ML分析パネル: 外れ値スコアや疲労転換点など、教師なしMLの出力をレップ別に一覧表示。

手書きのトレーニングノートが抱えていた「つけ忘れ」「主観のばらつき」を、客観的なデータで置き換えます。

エッジAIとしての設計思想

AI x 筋トレ は、神戸ソフトが取り組む「IoT試作開発」と「エッジAI」の交差点にあります。重い処理を端末に載せず、リアルタイム性が要る判定はデバイス上の軽量ロジックで、踏み込んだ分析は上位の教師なしMLで——という役割分担が肝です。安価なハードと現場で完結する処理で、応答が速く、導入しやすいシステムになります。

この「波形を取る → 特徴を数値化 → 教師なし学習で変化・異常を見つける」という構造は、身体動作に限らず時系列データが取れる場所にそのまま転用できます。

  • 製造・設備管理: モーターの振動波形から故障の予兆を自動検出。
  • 医療・リハビリ: 歩行や関節の動きを計測し、改善の転換点を客観的に提示。
  • スポーツ分析: スイングやフォームなど反復動作の安定度をセッション内で自動評価。
  • インフラ点検: 橋梁・建物の常時振動から、経年劣化や地震後の変化を検出。

今後の展望

「測って終わり」ではなく、「測って、励まして、続けられる」ところまで——ここから育てていきます。

  • リアルタイムな応援・コーチング: M5StickS3 のスピーカーや画面、対話AIと組み合わせ、カウントや励まし、フォーム改善の声かけをその場で返す。
  • ダンベル単体での自立動作: 調整済みのパラメータを組み込み、無線もPCもなしでデバイス単体で判定・記録する。
  • 個別最適化: 一人ひとりの履歴から、その人に合った目標・ペースを提案する。
  • ジム運営システムとの連携: 会員ごとのトレーニング記録として蓄積し、店舗の指導・運営に活かす。

テクノロジーが人の頑張りにそっと寄り添う——そんなトレーニング支援を、神戸から形にしていきます。

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