概要
リチウムイオン電池(Lithium-Ion Battery、Li-ion)は、リチウムイオンが正極・負極間を移動することで充放電を行う二次電池(充電可能な電池)である。高エネルギー密度、比較的低い自己放電率、メモリ効果がないという特性から、スマートフォン、タブレット、ノートPC、電気自動車、そして組み込みIoTデバイスまで幅広く使われる現代の主要蓄電技術である。
組み込みシステムにおいては、リチウムポリマー電池(LiPo: Lithium Polymer)と呼ばれる種類が特に多く使われる。LiPoはゲル状の電解質を使うことで薄型・フレキシブルな形状が可能であり、ウェアラブルデバイスや薄型IoT機器に適している。本記事では特記がない限り「リチウムイオン電池」はLiPoを含む広義の意味で使う。
リチウムイオン電池の基本仕様
| パラメータ | 一般的な値 | 備考 |
|---|---|---|
| 公称電圧 | 3.6〜3.7V | 化学的な平均電位 |
| 満充電電圧 | 4.2V(標準)/ 4.35〜4.4V(高容量品) | 超えると劣化・危険 |
| 放電終止電圧 | 2.5〜3.0V | これ以下は過放電 |
| エネルギー密度 | 150〜265Wh/kg | NiMHの約2〜3倍 |
| サイクル寿命 | 300〜1000回(標準品) | DoD・温度で変動 |
| 自己放電率 | 1〜3%/月 | 常温・保管状態 |
| 充電方式 | CC/CV(定電流/定電圧) | 充電ICが制御 |
歴史・背景
リチウムイオン電池の基礎研究は1970年代から始まった。スタンリー・ウィッティンガムが1970年代にリチウム二次電池の基本コンセプトを提案し、ジョン・グッドイナーフが1980年代にコバルト酸リチウム(LiCoO₂)正極材を、吉野彰が1985年に炭素負極とコバルト酸リチウム正極を組み合わせた現代のリチウムイオン電池の原型を開発した。ソニーが1991年に世界初の商業用リチウムイオン電池を発売し、以降急速に普及した。この開発への貢献により、グッドイナーフ、ウィッティンガム、吉野彰の3氏は2019年のノーベル化学賞を受賞した。
2000年代以降のスマートフォン普及とともに、リチウムイオン電池の需要・研究開発が爆発的に拡大し、エネルギー密度の向上・コスト低減が急速に進んだ。2010年代には電気自動車(EV)の主要電源として採用され、さらなる大量生産・コスト低下が進んでいる。IoT分野では小型・薄型のLiPoセルが豊富に入手可能になり、組み込みデバイスの標準的な電源として定着している。
技術仕様
化学反応式
リチウムイオン電池の充放電は以下の反応で表される。
正極(LiCoO₂): LiCoO₂ ⇌ Li₁₋ₓCoO₂ + xLi⁺ + xe⁻
負極(グラファイト): xLi⁺ + xe⁻ + C₆ ⇌ LiₓC₆
充電時: 正極からLi⁺が離れ → 電解液を経由 → 負極に吸蔵
放電時: 負極からLi⁺が離れ → 電解液を経由 → 正極に吸蔵
放電特性
リチウムイオン電池の放電特性(電圧vs.容量)は比較的フラットなカーブを描くが、残量が少なくなると急激に電圧が低下する。
放電曲線の概要:
- 満充電(100%): 4.2V
- 残量80%付近: 3.7〜3.8V(フラット領域)
- 残量20%付近: 3.5〜3.6V
- 残量5%付近: 3.2〜3.3V(急落開始)
- 放電終止(0%): 3.0V
この放電特性から、電圧のみで残量を正確に推定することは難しく、クーロンカウンティング(積算電流法)や専用のガスゲージIC(例: TI BQ27220)との組み合わせが高精度な残量管理に必要となる。
充電プロファイル(CC/CV充電)
リチウムイオン電池の標準的な充電は2段階で行われる。
第1段階: 定電流(CC)充電
- 充電電流を一定値(例: 1C = 容量に等しい電流)に保つ
- 電池電圧が満充電電圧(4.2V)に達するまで続ける
第2段階: 定電圧(CV)充電
- 電圧を4.2Vに一定に保つ
- 充電電流が自然に減少(電池が満充電に近づくにつれて)
- 充電電流が0.05C(5%)以下になったら充電完了
充電時間の目安:
- 0.5C充電: 約2.5時間(余裕あり、電池に優しい)
- 1C充電: 約1.5〜2時間(標準)
- 2C急速充電: 約1時間(電池の劣化が早い)
代表的なリチウムイオン電池規格
| 規格名 | サイズ | 容量目安 | 用途 |
|---|---|---|---|
| 18650 | 直径18mm × 長さ65mm | 2000〜3500mAh | ラップトップ、パワーバンク |
| 21700 | 直径21mm × 長さ70mm | 4000〜5000mAh | EV、大容量ラップトップ |
| 14500 | 直径14mm × 長さ50mm | 600〜900mAh | 単三電池代替 |
| LiPo(各種) | フレキシブル | 50〜数万mAh | ウェアラブル、IoT、スマートフォン |
| コイン型(LiMnO₂) | CR2032(直径20mm) | 220mAh(一次電池) | IoTセンサー(一次電池として) |
動作原理
SOC(State of Charge)の推定
電池残量(SOC: State of Charge)の推定方法には主に以下がある。
電圧法(OCV: Open Circuit Voltage): 電池の無負荷電圧から残量を推定する。測定が簡単だが、フラットな放電曲線のため精度が低く、電流が流れていない状態(安定化後)でのみ有効。
クーロンカウンティング法: 充放電電流を積分して残量を算出する。高精度だが、電流センサーの誤差が積算される「ドリフト」の問題がある。
カルマンフィルタ等の推定法: 電圧法とクーロンカウンティングを組み合わせ、電池モデルと状態推定アルゴリズム(拡張カルマンフィルタなど)で精度と信頼性を高める方法。専用ガスゲージICで実装されている。
// BQ27220 ガスゲージICからSOCを読み取る例(I2C)
#include "driver/i2c.h"
#define BQ27220_ADDR 0x55
#define BQ27220_CMD_SOC 0x1C // State of Charge
uint8_t read_battery_soc(void) {
uint8_t data[2];
// I2C読み取り
i2c_cmd_handle_t cmd = i2c_cmd_link_create();
i2c_master_start(cmd);
i2c_master_write_byte(cmd, (BQ27220_ADDR << 1) | I2C_MASTER_WRITE, true);
i2c_master_write_byte(cmd, BQ27220_CMD_SOC, true);
i2c_master_start(cmd);
i2c_master_write_byte(cmd, (BQ27220_ADDR << 1) | I2C_MASTER_READ, true);
i2c_master_read(cmd, data, 2, I2C_MASTER_LAST_NACK);
i2c_master_stop(cmd);
i2c_master_cmd_begin(I2C_NUM_0, cmd, pdMS_TO_TICKS(100));
i2c_cmd_link_delete(cmd);
uint16_t soc = data[0] | ((uint16_t)data[1] << 8);
return (uint8_t)(soc & 0xFF); // 0〜100%
}
劣化メカニズム
リチウムイオン電池の劣化は以下のメカニズムで進行する。
| 劣化要因 | 現象 | 対策 |
|---|---|---|
| SEI皮膜形成 | 負極表面に不活性皮膜が形成され容量低下 | 低温充電を避ける |
| リチウム析出 | 急速充電・低温充電でリチウム金属が析出(発火リスク) | 充電電流・温度管理 |
| 正極材の劣化 | 結晶構造の変化で容量低下 | 満充電・深放電を避ける |
| 電解液の分解 | 高温・過電圧で電解液が分解 | 温度・電圧管理 |
| サイクル劣化 | 充放電繰り返しで容量が減少 | 浅い充放電(20〜80%)で延命 |
安全性と保護機能
リチウムイオン電池は管理を誤ると発火・爆発の危険がある。適切な保護回路が必須である。
保護回路の構成:
電池セル → 保護FET(2個: 過充電保護用 + 過放電保護用)
→ 保護IC(過充電/過放電/過電流/短絡を検知してFETを制御)
→ + / - 端子 → 充電IC / 負荷
または:
電池セル(保護回路内蔵タイプ)
用途・ユースケース
IoTセンサーデバイス
LiPoバッテリー(100〜2000mAh)とMCU、センサー、BLE/Wi-Fiモジュールを組み合わせた無線センサーが最も一般的な組み込み用途の一つである。充電は USBまたはソーラーパネルから行い、充電ICが充電を管理する。
ウェアラブル機器
スマートウォッチ、健康バンド、医療用モニタは、薄型LiPoの形状自由度を活かしてコンパクトに設計される。充放電サイクルが多いため、電池管理(充電電流・温度・DoD制限)が製品寿命を左右する。
ポータブル産業機器
バーコードリーダー、ハンドヘルド計測器、タブレット型産業端末はリチウムイオン電池が標準的な電源となっている。過酷な温度環境(−20℃〜+60℃)での使用が要求される場合は、低温特性の良好な電池セルの選定が必要。
UPS・バックアップ電源
産業用組み込みシステムのUPS(無停電電源)としてリチウムイオン電池を使う場合、充放電管理と電池寿命の監視が特に重要となる。
実装・開発のポイント
1. 適切な充電電流の設定
電池容量(mAh)に対する充電電流の比率(C-rate)を適切に設定する。一般的には0.5C〜1Cが標準的で、電池寿命と充電時間のバランスが良い。
// 充電電流の設定例(TP4056 充電IC、プログラム抵抗で設定)
// R_prog = 1000 / I_charge(mA) × 1200
// 例: 500mAの場合 → R_prog = 1000/500 × 1200 = 2400Ω ≈ 2.2kΩ
// ソフトウェアで設定可能な充電ICの場合(例: BQ25895)
#define BQ25895_REG_ICHG 0x04
void set_charge_current_ma(uint16_t current_ma) {
uint8_t val = (current_ma / 64) & 0x7F; // 64mA ステップ
i2c_write_reg(BQ25895_ADDR, BQ25895_REG_ICHG, val);
}
2. 温度モニタリング
電池の充放電は温度に依存する。0℃以下での充電はリチウム析出を引き起こすため禁止し、45℃以上では充電電流を低減するサーマルレギュレーションを実装する。
3. 過放電防止
電池電圧が放電終止電圧(2.5〜3.0V)を下回らないよう、MCUで電圧を監視してシステムをシャットダウンする処理を実装する。過放電した電池は充電できなくなる場合がある。
4. 保管と取り扱い
長期保管する場合は、SOC 40〜60%(約3.7〜3.8V)の状態が電池寿命に最適とされる。満充電や完全放電状態での長期保管は劣化を促進する。
5. 輸送・規制対応
リチウムイオン電池を搭載した製品の航空輸送にはWatt-hour(Wh)規制がある。100Wh以下はほとんどの手荷物として許可されるが、100Wh〜160Whは航空会社の許可が必要である。IoT製品の輸出時は規制を確認する必要がある。
他技術との比較
| 比較軸 | Li-ion/LiPo | NiMH | アルカリ乾電池 | LiMnO₂(一次) |
|---|---|---|---|---|
| 充電可能 | 可 | 可 | 不可 | 不可 |
| エネルギー密度 | 高(150〜265Wh/kg) | 中(60〜120Wh/kg) | 低(100Wh/kg) | 中〜高(280Wh/kg) |
| 公称電圧 | 3.6〜3.7V | 1.2V | 1.5V | 3.0〜3.6V |
| 自己放電 | 低(1〜3%/月) | 高(20〜30%/月) | 低(2〜3%/年) | 極低(1%/年) |
| サイクル寿命 | 300〜1000回 | 500〜1500回 | — | — |
| メモリ効果 | なし | あり(低減) | — | — |
| 安全性 | 管理必要(保護回路必須) | 高い | 高い | 高い |
| コスト | 中 | 低 | 最低 | 中 |
| 主な用途 | スマートフォン、IoT | デジカメ、ラジコン | リモコン、時計 | スマートメータ長寿命用 |
組み込み機器の電源としてリチウムイオン電池を選ぶ場合、充電ICやPMICとの組み合わせで安全な充放電管理を実現し、バッテリー駆動設計の目標寿命と充電の運用計画に合わせた電池容量・セルの選定が設計の核心となる。