概要
DC-DCコンバータは、直流電圧を別の直流電圧に変換する電源回路である。主にスイッチング(ON/OFF切り替え)動作を利用して電力変換を行うため「スイッチング電源」とも呼ばれる。LDOなどのリニアレギュレータと異なり、インダクタとコンデンサを使ったエネルギー蓄積・放出のサイクルで電圧変換するため、変換効率が80〜95%と高い。
組み込みシステムでの主な用途は、電池やバスパワーの電圧を各回路の動作電圧(3.3V、1.8V、1.2Vなど)に変換すること、または電池電圧より高い電圧(5V、12Vなど)を生成することである。
DC-DCコンバータの主要トポロジー
| トポロジー | 動作 | 効率 | 典型用途 |
|---|---|---|---|
| バック(降圧) | Vin > Vout | 80〜95% | バッテリーからMCU電源 |
| ブースト(昇圧) | Vin < Vout | 80〜92% | 電池→LED、モーター |
| バック-ブースト | 昇降圧両対応 | 75〜90% | 電圧変動する電池電源 |
| SEPIC | 昇降圧(極性維持) | 75〜90% | 電池→固定電圧出力 |
| チャージポンプ | コンデンサのみ使用 | 70〜90% | 小電流の昇圧・反転 |
| フライバック | 絶縁・昇降圧 | 70〜85% | 電源絶縁が必要な用途 |
歴史・背景
スイッチング電源の基礎となる理論は1960年代に確立された。Robert Middlebrookや Slobodan Cukらがスイッチングコンバータの解析と設計法を体系化し、1970〜1980年代にかけて実用的な製品が普及した。当初はディスクリート部品(トランジスタ、ダイオード、コイル)を組み合わせた大型回路であったが、半導体技術の進化とともに集積化が進んだ。
1990年代から2000年代にかけて、コントローラICとFETを一体化したDC-DCコンバータICが普及し、外付け部品を最小限にしたコンパクトな電源設計が可能になった。現在では、コイルとコンデンサを外付けするだけで完成するモノリシック型DC-DCコンバータが組み込み機器の標準的な電源構成となっている。
IoT機器の普及により、µA単位の超低静止電流を持つDC-DCコンバータの需要が高まり、TIのTPS62840(静止電流60nA)など、LDO並みの低静止電流を実現するスイッチング電源ICも登場している。
技術仕様
バックコンバータ(降圧型)の動作原理
バックコンバータは最も基本的なDC-DCトポロジーで、Vin > Vout の電圧変換に使われる。
スイッチON時(t_on): SW(上側FET)がオンになり、Vinからインダクタに電流が流れ込み、エネルギーが蓄積される。出力コンデンサも充電される。
スイッチOFF時(t_off): SW(上側FET)がオフになり、インダクタに蓄積されたエネルギーが電流として放出される(フリーホイーリングダイオードまたは下側FETを通じて)。
デューティ比 D = t_on / T = Vout / Vin
例: Vin=5V, Vout=3.3V の場合
D = 3.3 / 5.0 = 0.66 = 66%
(1サイクルの66%の時間だけSWがONになる)
コイル値の設計式:
L = (Vout × (1 - D)) / (ΔIL × f_sw)
ΔIL: リップル電流(通常 Iout の20〜40%)
f_sw: スイッチング周波数(典型: 100kHz〜数MHz)
例: Vout=3.3V, D=0.66, ΔIL=0.4A, f_sw=500kHz
L = (3.3 × (1 - 0.66)) / (0.4 × 500,000) = 5.6µH
主要DC-DCコンバータICの比較
| 品番 | メーカー | トポロジー | Vin | Vout | Iout | Iq | 特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| TPS62840 | TI | Buck | 1.8〜6.5V | 0.4〜3.4V | 750mA | 60nA | 超低Iq |
| TPS63020 | TI | Buck-Boost | 1.8〜5.5V | 1.2〜5.0V | 2A | 50µA | 昇降圧 |
| MIC23150 | Microchip | Buck | 2.3〜5.5V | 0.6〜3.6V | 4A | 6µA | 高速応答 |
| SGM6036 | SG Micro | Buck | 2.0〜6.0V | 0.6〜5.0V | 1.5A | 45µA | 低コスト |
| MAX17222 | Maxim | Buck | 0.4〜5.5V | 1.8〜5V | 150mA | 300nA | 超低Iq |
| MT3608 | Aerosemi | Boost | 2.0〜24V | 5〜28V | 2A | — | 安価な昇圧 |
スイッチング周波数と部品サイズのトレードオフ
スイッチング周波数(f_sw)が高いほどコイル・コンデンサを小型化できるが、スイッチング損失が増大して効率が低下する。
| f_sw | コイルサイズ | 効率への影響 | EMI |
|---|---|---|---|
| 100kHz | 大きい | 高効率 | 少ない |
| 500kHz | 中程度 | 中程度 | 中程度 |
| 2MHz | 小さい | やや低下 | 多い |
| 5MHz以上 | 最小 | 低下大 | 多い |
動作原理
連続電流モード(CCM)と不連続電流モード(DCM)
CCM(Continuous Conduction Mode): コイルの電流が常に0より大きい状態。出力電流が大きい(重負荷)場合に発生する。電流リップルが小さく安定した動作をする。
DCM(Discontinuous Conduction Mode): コイルの電流が0になる期間がある状態。出力電流が小さい(軽負荷)場合に発生する。IOT機器のスリープ時など軽負荷条件では自然にDCMになる。
軽負荷効率の最適化(PSM/PFM)
軽負荷時に連続スイッチングを続けると、スイッチング損失が支配的になり効率が低下する。このため多くの現代のDC-DCコンバータは以下のモードを自動的に切り替える。
- PWMモード: 重負荷時、一定周波数でスイッチング(低リップル、高効率)
- PFM(Pulse Frequency Modulation)モード: 軽負荷時、可変周波数でスイッチング(効率優先)
- PSM(Pulse Skipping Mode): 必要なときだけスイッチング(最小スイッチング損失)
// 省電力機器での DC-DC 制御例
// 重負荷時: 外部からPWMモードを強制(低EMI優先)
// 軽負荷時: PFMモード(効率優先)
// MODE ピンで切り替えるタイプのIC(例: TPS62840)
#define DCDC_MODE_PIN GPIO_NUM_15
void set_dcdc_pwm_mode(void) {
// MODEピンをHIGHでPWMモード固定(低リップル、高EMI対策時)
gpio_set_level(DCDC_MODE_PIN, 1);
}
void set_dcdc_pfm_mode(void) {
// MODEピンをLOWでPFM/PSM自動切替(高効率、スリープ時)
gpio_set_level(DCDC_MODE_PIN, 0);
}
// スリープ移行時に呼ぶ
void prepare_for_sleep(void) {
set_dcdc_pfm_mode(); // PFMモードで効率最大化
// ... その他のスリープ準備
esp_deep_sleep_start();
}
効率の計算
DC-DCコンバータの効率は以下の損失の合計から計算される。
η = P_out / P_in × 100%
= P_out / (P_out + P_sw + P_cond + P_gate + P_iq) × 100%
P_sw: スイッチング損失(FETのON/OFFの際の損失)
P_cond: 導通損失(FETのRds_on、コイルのDCR)
P_gate: ゲート駆動損失
P_iq: 静止電流による損失
用途・ユースケース
システム電源レール生成
マイコン(1.8V)、DDR SRAM(1.2V)、Wi-Fiモジュール(3.3V)、センサー(5V)など、異なる電圧が必要なシステムで複数のDC-DCコンバータが使われる。メインバッテリー(3.7V)から各電源を効率よく生成することで、電池寿命を延ばす。
モーター・LEDドライブ
ブラシレスDCモーターや高輝度LEDの駆動には安定した電流・電圧制御が必要であり、昇圧型またはバック型のDC-DCコンバータが使われる。
USB Power Delivery
USB-C PDによる充電では、5V/9V/12V/20Vの多電圧対応が必要であり、スイッチング電源の設計技術が核心となる。
バッテリーチャージャー
充電ICの内部にはCC/CV(定電流/定電圧)充電を制御するスイッチングコンバータが使われている。
実装・開発のポイント
1. コイル(インダクタ)の選定
コイルはDC-DCコンバータ設計で最も影響が大きい受動部品の一つである。
重要パラメータ:
- インダクタンス値(L): 設計式から計算
- 定格電流(Isat): ピーク電流でのインダクタンス低下に注意
- DCR(直流抵抗): 導通損失に影響
- サイズ: 回路基板の実装面積との兼ね合い
2. 出力コンデンサのESR
出力コンデンサのESR(等価直列抵抗)が大きいと、負荷変動時の電圧変動(電圧リップル)が大きくなる。低ESRの積層セラミックコンデンサ(MLCC)が推奨されるが、温度・電圧による容量減少に注意する。
3. EMI(電磁干渉)対策
スイッチング動作はEMIの発生源となる。高周波電流の周回ループ面積を最小化する基板レイアウトが重要である。
EMI対策の基板レイアウト原則:
1. スイッチングノード(SW)の配線を短く、小さくする
2. 入出力コンデンサをICの近くに配置
3. GNDプレーンを使って高周波電流のリターンパスを確保
4. 入力側に余分なコンデンサ(10〜100µF)を追加
4. 過渡応答の最適化
負荷が急変した際の電圧変動(負荷過渡応答)を最小化するため、コンデンサの追加や補償回路の調整が必要な場合がある。
5. 熱設計
DC-DCは効率が高いとはいえ、損失分は熱として発生する。大電流用途では放熱パッドや銅箔面積の確保が必要である。
FET温度の概算:
Tj = Ta + P_loss × (θJC + θCS + θSA)
θJC: ジャンクション-ケース間熱抵抗
θCS: ケース-放熱板間熱抵抗(熱伝導シート)
θSA: 放熱板-空気間熱抵抗
他技術との比較
| 比較軸 | DC-DCコンバータ | LDO | チャージポンプ |
|---|---|---|---|
| 効率 | 80〜95% | Vout/Vin × 100% | 70〜90% |
| ノイズ | 高(スイッチング) | 低 | 中 |
| 昇圧対応 | 可 | 不可 | 可(限定) |
| 外付け部品 | 多い(コイル必須) | 少ない | 少ない(コンデンサのみ) |
| コスト | 中〜高 | 低 | 低〜中 |
| 回路設計の難しさ | 高い | 容易 | 中程度 |
| EMI | 要対策 | 問題なし | 中程度 |
DC-DCコンバータは効率面でLDOより優れており、特に電池電圧と出力電圧の差が大きい場面や大電流が必要な場面で必須となる。一方、アナログ回路やRF回路のようにノイズが問題になる電源にはLDOを使うというのが、低消費電力設計における標準的な使い分けである。PMICはこれらの複数の電源回路を1チップに集積したものであり、システムレベルでの電源管理を簡略化する。